多勢に無勢………、まさにこの言葉がぴったりだ。

日が三時の方角に傾きこの状況が不釣合いなぐらいの高い空、青い蒼い空。

建築物の合間から四角いそれが見える。


『こんなビジネスを待っていたの。』
本社で鼻を鳴らして発言したことをここまで後悔なんてしたことなかったしすることもないと勝手に自負していたのが、今更ながら彼女のプライドを一層絞めつけた。

「だって……、あの人に弱い女なんて思われたくないじゃない…?」


幼い頃から扱いなれた散弾銃を構えた彼女の名は、ラッセル。
いつもなら余裕の構えをみせる彼女だが予想以上の絶景に息すらままならず、荒い呼吸で鼓動を速めていく。


相手は人間だ。前にいるのは紛れもなく血の通った人間なのだが

今まで相手した人間ではなく黒の連中、レイブンだ。

人の姿をしながらも完全に感情や表情を表さず、ただ目の前のラッセルを殺すことだけを考え銃撃に怯むことなく襲い掛かってくる。


彼女は連中の長く悲しく光る刃よりも、ゴーグル越しでも異常なまでに光る青の瞳孔に、酷く臆した。

掠る程度といっても大抵の者ならその痛みで引き下がるのを前提でこれまでの任務をこなしてきた経験からこの事例は絶望し、死すら想像した。


撃てなかった。

背を向けたくなるぐらいあんなにも怖かった目の奥なのに、一瞬人の目に戻り頭を抱え込む者もいたためラッセルはどうしたらいいのかわからなくなっていた。

不完全なカタチとしてこの場に出されたレイブンは本人すら何をしているのかわかっていないのは彼女はわかっているのだから。


「私は………まだ何も……わかってないの………?」

極寒の地で悲しい結末を遂げたソルジャーの二人をフラッシュバックし

心ない人間に答えを求め、涙した。




どれだけの時間だったのか、ラッセルの回りの人形は一体残らず微動もせず転がっていた。その表情は立っていた時と同じ苦痛を感じさせない瞳のまま前を見据え横になっている。


立っていたのは、ひとりの男。

男は二丁の銃を収め、手の平を震えて座り込んだままのラッセルの柔らかな髪に触れた。

理由はわかっていた。形は違えど同じ銃を扱う人間にとって
どんな気持ちで引き金を引いても無残にも充分な殺傷能力を発揮してしまうことを。

その一発の銃弾を中心に数え切れない人間の感情を揺さぶることを。



「私も………いつかは…こんな風に…なるのかな……ハイン…。」

「……どうした。ラッセルらしくないな。」


いつか…いや、明日にでも自分やハインが死に追いやられる気がして彼女は足に力が入らなかった。

ハインは昔の同じことを考えていた自分とを彼女に重ね合わせた。
ラッセルと違い、元から人間を標的として銃を手にして生きてきたハインは、タークスに入る寸前までこの恐怖と隣り合わせだった。

何時命を狙われるかわからない切迫感を直に目の当たりに壊れそうな少女をハインは無言で抱き寄せた。
春先と言ってもまだ冷える北風と銃を握っていた同士の掌は決して暖かいといえないが、ラッセルにとってその温度が心地良かった。

感情を押し込め常に自分を演出していたラッセルは、感情を押し殺され無常の死を遂げた者達に追悼する様に目を伏せ、落ち着きはじめた自分に祈りを込めた。


i 罠 B wi θ U




2005/11/27
椎名林檎の『ギブス』より。
あれ…!?お嬢っぽくない…!?(汗)