ああ、やっぱりあそこで欲張りすぎたぞ、と。
レノは3日前の仕事を思い出しては溜息ばかりついていた。

ここは神羅専属、ベッド数は100超、CT機といったそれなりの施設は整っている診療所の3階326号室。
レノがここに搬送されたのはその3日前に遡る。
例の反神羅組織の連中の尾行中に前方に気を張りすぎたため後ろから撃たれたのだ。
今回はまだ比較的軽い方で弾を当たりこそしなかったが、少しばかり脇腹を抉られた程度ですんだものの、酷い時は銃創4ヶ所以上で即ICU行きなんてこともあったためそれに比べれば可愛いもんだ。

「…そんな武勇伝、一体何章何説まで作る気だよ。」
呆れた様に差し入れの酒を病床から届かないところに置くエイジに背を向け、窓辺で 怪我人は煙草に火を点けケタケタと笑った。
「それに酒なんか飲んでいいのか?あと煙草も。」
「ここのセンセイ、よくわかってらっしゃる方で、一番の俺の回復手段が何なのかよくお分かりなんだぞ、と。」
「大層そのセンセイにお世話になってるんだな。」
お互い皮肉を込めて会話しているところにノックもいい加減にいつもの白い奴が現れた。
「煙草もお酒も駄目だって言ってるでしょ?!詰め所で預かってますから。」
問答無用といった様子で看護師はさっき持ってきたばかりの瓶に手を掛け始めた。
「今回もセンセイの許可はもらってるぞ、と。」患者は煙草をふかせ背を向けたまま呪文のように唱えた。
「……先生が良いっていうなら…。あと30分したらリハしますからね。」
白い奴は点滴のパックを持ってサッサと部屋を後にし、それを確認したエイジはレノにちらっと目をやった。
「センセイ様々だな。」

時刻は3時を回ったところ。
煙草も底を尽き、鳶数羽が上の方で弧を描き時折鳴声を上げている。“上”ならではの光景。
「下の生活、思い出すな、と。」
同じ“下”の出身者としてエイジに話し掛けた。日光も届かず完全に草木動物が見捨てた土地を思いだすようにエイジも鳶を見ながら口を開く。
「蛇口を捻れば水がでる。夜になれば明かりも点く。腹が減れば飯が喰える。…でも何か、足りない気が、しないこともない。」
確かに何もかも揃っている上部ではモノに困っている話なんて聞いたことはない。神羅に勤めているとなれば尚更だ。しかしエイジにはそれが何なのか掴みきれずにいたのは認知していた。

「そういうのを無いもの強請りっていうんだぞ、と。」
少し間をおいた後知らずに意識が飛んでいたエイジはレノの言葉で我に戻った。
「案外身近なモノだったりしてな。暇とか。」
確かにここにあがって暇なんてこと絶対なかったなと二人は自嘲するように軽く笑ってみせた。

女だの酒の種類だの喧嘩だの、あれがないこれがないと模索している間に、何時しか鳶も消え思い出したかのように冷たい風が病室に入ってきたのに気付きエイジは帰る素振を見せた。
「俺、もう仕事に戻るよ。主任に3日ぐらいで戻れそうだって言っとく。…あと、センセイによろしく。」
レノは病衣を軽く捲り上げ傷を露にさせた。
「レノさんの復帰はセンセイの診断によると後2週間は掛かる見込みだって伝えてくれよ、と。」
エイジはわかったように軽く手を上げ病室を出た。その直後に部屋に理学療法士が入り違い3時間遅れでレノのリハビリが始まった。



2005/11/20
何の捻りもない入院話。センセイ活用法は後輩へと末永く引き継がれることでしょう。